日々の活動、メンバーの文章など。
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第6回(2013年度)
7月20日(土)10:00~12:00で歌会をやりました。
詠草4首、参加者2名。

題詠「帰る」1首、自由詠1首。

帰る場所、帰りたくない場所。
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さくらさくら(四)
・ふかくふかく潜水をせよ苦しみに似た輝きをくぐる青春
     小島なお『サリンジャーは死んでしまった』

 這い上がれとは言っていない、青春とはそのようなものだと。自分の内側へ内側へと潜水するのが青春である。それは苦しいが、苦しいように思えるが、唯一輝いていた時間とも思える。そんな自身への敵討ちのために、大人という時間があるのだろうか。

・すまぬすまぬ表現の流れが気になつて(年だよ)帯文(おび)の冒頭の仮名(ルビ)
     岡井隆『紙の仕事場』

 経験と思索を積むことによって、自分の中にある視点やこだわりのようなものが増えてゆく。それ自体はよいことなのだが、時にそれが完璧主義的な自分となって邪魔をする。出てこなくてもいい時に、自分でもおさえようのない、そういった自分が立ち現れるものである。

・水と水と絡み抱き合い震えゆき大河を持たず日本の冬
     佐々木幸綱

 大きい河がどーんとあって、それが静かに流れている。流れているのかどうかもわからないくらい堂々としている。そういう河が日本には多くない。地表に湧き出でてから海へ辿りつくまでも短く、比較的急である。そこでは水と水とが抱き合うように震えている。冬になれば。

・あかいあかいゆうひのなかにだめになりそう なあなたがいそう、いそうだ
     東直子『愛を想う』

 だめになる、とはどういうことか。そのもののコンディションがわるくなる、ということでもあり、あるいは、何か上手くいきそうだったものが、がらがらと崩れていくということでもあり。それがあかいあかいゆうひのなかで、ぼわんぼわんと、して、いる。
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第5回(2013年度)
7月7日(日)14:00~16:00で歌会をやりました。
詠草8首、参加者3名。

題詠「豆」1首、自由詠1首。

「豆」は枝豆と空豆でした。
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第4回(2013年度)
6月23日(日)9:00~11:00で歌会をやりました。
詠草4首、参加者2名。

題詠「布」1首、自由詠1首。

布から「織られるもの」をイメージしたものがありました。配布なども。
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名詞の並列
・思いきり愛されたくて駆けてゆく六月、サンダル、あじさいの花
     俵万智『サラダ記念日』

 「駆けてゆく」に続く名詞の並列が、その疾走感を演出している。季節は六月で、サンダルで駆けていったのだろう。視界にはあじさいの花が咲いている。梅雨の季節であるが、「サンダル」「あじさい」の表現により、下の句は驚くほど爽やかである。その爽やかさにあって、「愛されたくて」が重みをもつ。

・一様に屈折をする声、言葉、ひかり わたしはゆめをみるみず
     笹井宏之『てんとろり』

 水の中にあって、ひかりは屈折する。翻って、声や言葉がわたしの中で屈折する。1つの世界の中では、光は直進するのだが、世界と世界のつなぎめで光は屈折する。わたしの周りには、わたしと異なるものたちがゆるやかに接しながら、関係しあって生きている。

・夕凪の渚でしりとり「ささ」「さかさ」「さみしさ」なんて笑いとばせよ
     千葉聡『微熱体』

 別れることをひきずっている。それで話を聞いてほしいということだろうか、渚で佇んでいる。ひょんなことからしりとりでも始めたのだが、「ささ」「さかさ」「さみしさ」ときてしまった。そしてそのまま、上句が「さみしさ」を導く序詞になっている。「夕凪の渚」にある<なぎ>の連続、サ行音の多用によって、情景が鮮やかに浮かび上がる。

・いくつもの私が私を呑み込んで 苦しい、四限、雨、倫理学
     吉村桃香『福岡歌会(仮)アンソロジー「青の光」』

 四、雨、倫、理。いずれも囲われた空間を想起させる。私が私を呑み込んでいるようでもある。青春という字もまさに固い格子に閉ざされているようであり、青春というものはそういうものなのであろう。だからこそ苦しいのだろうと。あぁ苦しい、と認識される瞬間がある。
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七月六日はサラダ記念日
・「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
     俵万智『サラダ記念日』

 七月六日といえば、もう夏至を過ぎて、梅雨は大方の地域でまだ残っている。夏野菜がおいしい、それも水分のぎゅっと詰まった野菜の甘みや苦みや辛みがたまらない。そういうものに名前を付けることで、掬いとられる日常の豊かさがある。そうやって残ってきた言葉もある。

・七(しち)月やうすおしろいをしたる風歩み来りぬ木の下行けば
     与謝野晶子『晶子新集」

 朝起きてみたら、霧がじんわり降りてきていて、あたりが真っ白、ということがある。それで、ふらふらと歩いて出かけてみるのだろう。何にもないところには風は生まれない。何かと何かのずれに誘いだされるように、風は吹く。

・限りなく音よ狂えと朝凪の光に音叉投げる七月
     穂村弘『シンジケート』

 海辺だと、朝方、ぴたりと風が止んで、静かな時間が訪れることがある。風がない分、他の音が際立つ、ということもある。そこに「音叉を投げる」。静けさを打ち破るものとして投げられる音叉、いつも同じ高さの音を発する音叉。七月の朝の光にねじまげられるような感覚がくる。

・七月は漂う 僕から逃げようとする僕の影をまたつかまえて
     千葉聡『そこにある光と傷と忘れもの』

 自身の中から影が逃げようとする。それを引き戻す、自身の中へ呼び戻すべく七月が漂っている。七月のせいで僕の影は逃げられずにいる。光と影がある。七月の陽がつくる己が自身の濃い影をみるとき、そういうものと対峙せねばならない現実と向き合うことをよぎなくされる。
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