日々の活動、メンバーの文章など。
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詩との呼応
・<いちめんのなのはな>といふ他なきを悔しみ菜の花の中にゐる
     石川美南『砂の降る教室』

 山村暮鳥に「風景」という詩がある。副題に「純銀もざいく」とある詩で、<いちめんのなのはな>というフレーズが24回も出てくる。このこ詩が主体の中にあったのだろう、菜の花の中にいて、そのことへ意識が向いている。
 素晴らしい景色に限った話ではないが、何かに心を動かされたとき、これは絵になるなぁという瞬間に出会ったとき、しかし何と言えばいいのか困ってしまう。それでそこに、<いちめんのなのはな>の繰り返しが浮かんできたわけだ。例えば目の前に海があって、ただ広いとしか言えないような、そういうもどかしさの中に心の動きや景色の核が詰まっているのかもしれない。言葉にできることなんてそんなにないのだと。
 しかし一方で、暗唱され、愛唱されることで残っていく詩がある。つい口ずさんでしまうような短歌がある。一人の読者に立ち返ったとき、そういう詩や歌に出会えたことは、一方で喜びではなかろうか、と、振り返れば思うのかもしれない。
 悔しさは、言葉を使うものとしての悔しさだろうか。

・あしひきの山の彼方の空遠く雷龍に乗りひとり尋(と)めゆく
     光森裕樹『鈴を産むひばり』

 ブータンに伝わる竜で、ドゥルックと呼ばれ、「雷竜」と訳されるものがある。ブータンと言えば以前、「幸福度世界一」の国として話題になった。ちょうど2011年11月にブータン国王・王妃の来日した頃のことだ。雷と龍のイメージから幸せを導くことは難しいが、このことを思えば、<遠いところにある幸せ>へ向かう象徴として理解できる。
 カール・ブッセの詩を上田敏が訳した「山のあなた」は、<山の向こうにあるといわれている幸せ>をめぐる6行の詩だ。全文引く。

  山のあなたの空遠く
  「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。
  噫(ああ)、われひとと尋めゆきて、
  涙さしぐみ、かへりきぬ。
  山のあなたになほ遠く
  「幸(さいはひ)」住むと人のいふ。

 どこかに幸せがあって、そこへゆけば幸せになれる、というような代物ではない、幸せというのはそういうものではない、ということだろうか。ア段の頭韻とリフレインの効いた、なめらかな詩だ。頭韻は「あしひきの」「雷龍」にも反映されているが、全体として硬質な歌になっている。「ひとり」で幸せを求める奔放さというよりはむしろ、閉塞感が滲んでいるのだ。「幸せ」の捉え方も時代や場所によって変わるのだろうが、それをどのくらい捉えられているかはまだ疑問が残る。

・たしかにここに詩があつたのだ もう死だが 右翅取り外す蟻の群れ
     藪内亮輔『短歌(角川/2013.10)「霊喰ヒM」』

 三好達治に「土」という詩がある。4行からなる短い詩、全文を引く。

  蟻が
  蝶の羽をひいて行く
  ああ
  ヨットのやうだ

 蝶のひかれてゆく様をヨットに見立てている。地面は海となり、土は波となる。各行の短長にもその工夫が伺える。寺山修司に「夏蝶の屍をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず」という歌があるが、掲出歌もまた、<蝶の死骸を運ぶ蟻>の姿を描いている。三好の詩には、小さな光景を大きく映し出すやり方があるが、寺山の場合「わが影を出ず」という絞り方をしている。蟻と蝶をめぐるこれらを背景にもちながら、そこにある詩の部分をクローズアップしたのが藪内の歌だ。
 たしかであることの危うさ、遅れてやってくる死の実感。それは細かな営みの中にこそ浮かび上がってくるものなのかもしれない。

 藪内には<いちめんのなのはな>の「純銀」を用いた歌もある「愛はつね逢ひをさびしくすることの雨の純銀に濡れてゐる花」(京大短歌19号)。「愛」と「逢ひ」の取り合わせは、「詩」と「死」の取り合わせに通じる。

・人生でいちばんきれいだつたころとんちんかんなわたくしでした
     木村桂子『短歌研究(2013.9)』

 茨木のり子に「わたしが一番きれいだったとき」という詩がある。8連からなるその詩の、第7連を引用する。

  わたしが一番きれいだったとき
  わたしはとてもふしあわせ
  わたしはとてもとんちんかん
  わたしはめっぽうさびしかった

 掲出歌を見てみると、この第7連のフレーズとほぼ同じであることがわかる。「わたし」が戦争を体験し、敗戦の空気のなかにいるまでを、「わたしが一番きれいだったとき」という枠の中に捕まえている詩だが、この短歌はどうだろうか。詩の中から「とんちんかん」を丸ごと取り込んだ形だが、どこまで切実さがあるだろうか。詩をどう受け、それを自分の中へ取り込み、そこから何が湧いてきたのか。そこに呼応があるだろうか。まだ掴めずにいる。

(山下翔)
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第16回(2013年度)
1月12日(日)18:00~20:00
詠草6首、参加者2名。

題詠「二人称(あなた、君など)」1首、自由詠1首。


あなた、君、youなど。恋の歌らしいものはなく。
どれくらい言うか、言わないかのバランスのいい歌がいくつか。


※第15回(題詠「粉」、自由詠)は1月末に延期しました。
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