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本気でなりたい
・大型犬飼って師匠と名付けたい師匠カムヒア、オーケーグッドボーイ
・将来は強い恐竜になりたいそしてかわいい化石になりたい
     「ひかりのような麦茶」工藤玲音
(『東北大短歌』第2号より)

 七夕の季節になると、短冊をぶらさげた笹をあちこちで見るようになる。どこかの保育園児のものだろう、「きりんになりたい」と書かれてあるのを見たことがあって、そうか、きりんは「なる」ものなんだなあ、と思ったことがある。将来、ということばがどのくらい先のことを想定しているのかわからないが、自分の生きた時間に比してうんと先、ということであれば、年を重ねればかさねるほど、遠くとおくを想像することができるのだろう。「かわいい化石になりたい」、というところまで思いを巡らせる眼差しに、生きてきた時間の厚みを感じる。これ、本気なんですね。わざと子どもっぽく言ってみせているわけではないんだと、それは一首目のほうもそうで、飼うものと師匠と呼ぶものってそうそう一致しないと思うのだけれど、そこを本気で望んでいる。で、その飼いはじめたあとの具体的な風景が、もう想定されているわけです。おそらくここで「名付けたい」とか「なりたい」とか言っている(思っている)のは人間だと思うのだが、後付けの時間や空間や秩序みたいなものとは無縁でいたい、というフラットな感覚。幸せになりたいという意志。愛したいという決意があるんじゃないかなあ、と。
 連作のなかには、ひとりの時間もあれば、「きみ」も登場する。しかしそれらの歌と、ここで挙げた2首がまったく同じ地平にあることに感銘を受けた。すごいなあ。
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