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〈の〉について――阿波野巧也を読んで
 先日機会があって「塔」(2014年7月号)を読んでいたら、ちょうど新人賞発表の号ということで、候補になった阿波野巧也の連作「ジオラマ」が載っていた(ちなみに阿波野は2015年に同賞を受賞している)。
 そこに丁度というかたまたまだが、最近追いかけていた〈の〉がたくさん(一連に3つも)あったので、ちょっと書いておきたい。

・エロ漫画はじめて買った夏の日の、感情のどこまでがぼくだろう?
・泣きぼくろみたいにひかる夕星(ゆうずつ)の、幼いころのぼくへの憎悪
・洗濯が終わってひりひりする指の、みんないいひとだと思いたい

 一首目の「エロ漫画」「感情」「ぼく」、いずれも阿波野のうたを話すのにもってこいのことばだが、ここでは〈の〉に注目する。この〈の〉はそのまま「感情」へかかっていくので文法的には連体格を表す用法である。いわばふつうの使い方だ。それだけなら〈の〉のあとの読点は不要である。
 しかしこの読点のひと呼吸によって、「ぼく」と同時に読者もまた、上の句の記憶をたどってみることになる。一種の足止めをくらう。〈の〉によって自然に流れていこうとする歌の動きはいったん待ったをかけられ、そしてそこから大胆に、下の句へ突入する。息継ぎの読点である。

 と、ここまで書いてもう一度歌を読み返してみると、どうだろう。この「感情」というのは何も、エロ漫画をはじめて買った夏の日の「あの」感情だけではない、ということに気付いてため息が出る。下の句のぼやきは、――「あの」感情もそうだったけれど、だいたいこの「感情」というものはどこまでがぼくのものなんだろう?――という、「感情」そのものと「ぼく」そのものに対する、もっと大きな問いかけだったのだ。

 では上の句は単なる例示か、というと、そうとも言い切れない。
 なにか先に「感情」があったとしよう。それに対してこの感情の、どこまでがぼくだろう? という問いかけが生まれた。そしてそれが「エロ漫画はじめて買った夏の日」を想起させたのではないか、というふうにも読める。
 あるいは、夏の日の、そこから「エロ漫画はじめて買った夏の日」の感情が思い出されて、あれも「ぼく」で、いまそれを思い出しているのも「ぼく」で……、という思考にはいっていったのかもしれない。

 ここまで書いてみてもまだ、一首のなかを「感情」と「ぼく」がぐるぐる巡っている。

     *

 二首目はさらに複雑な構造をとっている。〈夕星がひかるのをまるで泣きぼくろのように見ながら、幼いころのぼくへの憎悪を思い出している〉と読んでみる。もちろんこれで読めた気にはならない。が、それでも一首がすっと入ってくるのは、もしかすると〈の〉によるところが大きいんじゃないか、という期待がある。
 三首目は逆に一番シンプルな作りである。上の句と下の句が〈の〉によって接続され、それぞれが異なる景色を見せている。〈の〉が留め具になって、一首の柔軟な構造を支えている。これについては〈の〉に負担がかかっているという批評も考えられる。〈の〉のどこにそんなはたらきがあるのか? と言われたら返すことばを今のところは持っていない。それでもこの〈の〉について知りたいと思うのは、そんなに新しい用法ではないだろう、というところが気になっているからだ。

 機会を同じくして得た『風とマルス』(花山周子)や『X(イクス)―述解スル私』(岡井隆)にもこの〈の〉がたびたび出てくる。用法のこまかな違いはあるが、そこのところがむしろこの〈の〉の面白いところで、これからもさらに自在な〈の〉の用法が出てくるんじゃないかと思っている。一首のなかの情報量を増やそうとするとき、あるいは一首の中で詩的飛躍をとげようとするとき、この〈の〉がひとつ大きな役割をもちそうな気がしているのだ。
 たとえば20代から30代の歌集、あるいは同人誌などをみると、すぐに〈の〉の使用例が見つけられる。ではもっと前はどうか、というと、いま手元に資料がない状態で書いているのですぐには挙げられなくて残念だが、最新の『現代短歌』(10月号)に次のような歌がある。

・とこしへに解(と)けぬひとつの不可思議の生きてうごくと自(みづか)らをおもふ

 この号の特集「若山牧水生誕一三〇年」のなかに伊藤一彦選の牧水秀歌130首があるのだが、そのなかの一首である。〈の〉+読点の例ではないし、はじめに挙げた阿波野の3首とも用法は違う(と思っている)が、現在まで続く〈の〉の変遷の一旦を垣間見る気持ちがする。
 これだけで言うわけではないが、こんなところにも、〈の〉の源泉は割と遠いところにあるのだろう、と思う理由があるのだ。それでどこを起源とするのか、ということについても興味はあるのだが、むしろその用法を「どういうふうに拡大してきたのか」というところに、いま、一番の関心がある。

     *

 最後につけくわえて阿波野の話をする。
 はじめに、(一連に3つも)とわざわざ括弧書きでつけ加えたのには理由があって、どうも意識的に抑制してこの〈の〉を使っているのではないか、と思っているからである。このころはまだそうでもなかっただろうが、近頃の連作を見ると、(すべての連作についてチェックしているわけではないが)一つの連作のなかに〈の〉を用いた歌が複数あることはまずない。
 この「塔」(2014年7月号)には選考会の記録も載っていたのだが、その中で、この(一連に3つも)に相当する指摘がある。だから、というだけではないだろう、と思う。

  「ジオラマ」以後の〈の〉についても触れたかったが、それはまたいずれ。

(山下翔) 
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『九大短歌』通信販売について
『九大短歌』創刊号、第二号は通信販売をおこなっております。

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山階基と〈もの〉のうた
 手元にある『早稲田短歌』44号の連作の終わりに、山階基の「炎天の横顔」30首がある。新人賞候補作品をもとに改稿したとのこと。

・二回着て二回洗へばぼんやりとわがものになる夏服である

 新しく買った夏服だろうか、はじめはよそよそしい感じがあって、それがしだいになじんでいくところを詠っている。あるいは貰いものでもいいけれど、なんにせよ、こういう〈もの〉への視線に、山階基を感じる。「夏服である」という語り口もおもしろい。

・おろしたての傘にまつすぐ雨は降る朝から好きなもの食べられる
     「冬猫」『朝日新聞(2013.3.26/夕刊)』
・枕カバー外して洗ふ 知りえないところで僕が話題にあがる
     「革靴と花火」『早稲田短歌』43号
・なんにでも理由をつける取り込んだ洗濯物にまみれて眠る
     「寒い昼」『短歌(角川/2014.11)』

 「おろしたての傘」「枕カバー」「洗濯物」、いずれも冒頭のうたに通じるアイテムだが、これら三首はいずれも〈もの〉を通して自分を見ている。〈もの〉との距離感から自分をはかっている。それが一首の構造としてもはっきりしている。そこあたりが「夏服」のうたとは違っていて、〈もの〉だけで最後までうたいきるとき、「夏服である」という結句がうまれたのだろうか。すこし余裕のある、くすぐったい歌だ。

・友人は生きてゐるので数日を預けた留守のシャンプーが減る

 友人が生きていることを、〈もの〉を通して確認している。それをそのまま気づきの歌にしたのでは、ややオーバーな感じがしてついていけない。そうではなくて、「ので」とわたすことによって、この一首の雰囲気がえられたのだと思う。
 だいたい、生活のなかの〈もの〉というのはあまりになじみすぎていて、特別なことがないかぎり、なかなか意識されない。そのような、注目されない〈もの〉たちが、山階さんの歌にはよくでてくる。服や道具や建物や飲み物。それらとの距離がぐっと近い。このうたについて言えばすこし不安になるけれど、全体に〈もの〉への愛着っていうのかなあ、そういうものを感じる。

・記念すべきセックスは果てラーメンが食べたくなりぬ服を着て行く
     「氷なし」『早稲田短歌』42号
・目が覚めたあとに鳴るにはやかましい目覚まし時計いいやつなのに
     「夢のホテルに」『短歌研究』2014.11

(山下翔)
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掲載情報
・西日本新聞「道ばたの短歌」(2015.1.7.朝刊)
 吉川宏志さんの連載「道ばたの短歌」に、<学生短歌会の今>というタイトルで、『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。

・朝日新聞「短歌時評」(2014.9.2.朝刊)
 伊藤一彦さんの時評に『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。

・読売新聞「九州・山口総合面」(2014.8.12.朝刊)
 若者による主な文芸同人誌の1つとして『九大短歌』が紹介(九州大学短歌会の機関誌。製本。今年6月に創刊した。会員の短歌を掲載。)されました。記事はネット世代の文学活動の特集で、福岡ポエイチの紹介もありました。

・読売新聞「短歌時評」(2014.7.26.朝刊)
 桜川冴子さんの時評に『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。

・角川『短歌』「歌壇時評」(2014.7月号)
 黒瀬珂瀾さんの時評に『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。
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