日々の活動、メンバーの文章など。
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『九大短歌』通信販売について
『九大短歌』創刊号、第二号は通信販売をおこなっております。

頒価は送料込みで、
 1部 400円(300+100)
 2部 700円(600+100)
 3部 1100円(900+200)
 4部 1400円(1200+200)
 5部 1700円(1500+200)
としています。また、振込手数料はご負担をお願いしております。
(6部以上をご注文の方には個別にご案内いたします。)


ご注文をご希望の方は、

1.お名前
2.ご住所
3.メールアドレス
4.購入部数(どの号をいくつか)

を添えてkyudai.tanka@gmail.com(@は半角)までご連絡ください。
振込みのご案内など、折り返しメールいたします。
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山階基と〈もの〉のうた
 手元にある『早稲田短歌』44号の連作の終わりに、山階基の「炎天の横顔」30首がある。新人賞候補作品をもとに改稿したとのこと。

・二回着て二回洗へばぼんやりとわがものになる夏服である

 新しく買った夏服だろうか、はじめはよそよそしい感じがあって、それがしだいになじんでいくところを詠っている。あるいは貰いものでもいいけれど、なんにせよ、こういう〈もの〉への視線に、山階基を感じる。「夏服である」という語り口もおもしろい。

・おろしたての傘にまつすぐ雨は降る朝から好きなもの食べられる
     「冬猫」『朝日新聞(2013.3.26/夕刊)』
・枕カバー外して洗ふ 知りえないところで僕が話題にあがる
     「革靴と花火」『早稲田短歌』43号
・なんにでも理由をつける取り込んだ洗濯物にまみれて眠る
     「寒い昼」『短歌(角川/2014.11)』

 「おろしたての傘」「枕カバー」「洗濯物」、いずれも冒頭のうたに通じるアイテムだが、これら三首はいずれも〈もの〉を通して自分を見ている。〈もの〉との距離感から自分をはかっている。それが一首の構造としてもはっきりしている。そこあたりが「夏服」のうたとは違っていて、〈もの〉だけで最後までうたいきるとき、「夏服である」という結句がうまれたのだろうか。すこし余裕のある、くすぐったい歌だ。

・友人は生きてゐるので数日を預けた留守のシャンプーが減る

 友人が生きていることを、〈もの〉を通して確認している。それをそのまま気づきの歌にしたのでは、ややオーバーな感じがしてついていけない。そうではなくて、「ので」とわたすことによって、この一首の雰囲気がえられたのだと思う。
 だいたい、生活のなかの〈もの〉というのはあまりになじみすぎていて、特別なことがないかぎり、なかなか意識されない。そのような、注目されない〈もの〉たちが、山階さんの歌にはよくでてくる。服や道具や建物や飲み物。それらとの距離がぐっと近い。このうたについて言えばすこし不安になるけれど、全体に〈もの〉への愛着っていうのかなあ、そういうものを感じる。

・記念すべきセックスは果てラーメンが食べたくなりぬ服を着て行く
     「氷なし」『早稲田短歌』42号
・目が覚めたあとに鳴るにはやかましい目覚まし時計いいやつなのに
     「夢のホテルに」『短歌研究』2014.11

(山下翔)
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掲載情報
・西日本新聞「道ばたの短歌」(2015.1.7.朝刊)
 吉川宏志さんの連載「道ばたの短歌」に、<学生短歌会の今>というタイトルで、『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。

・朝日新聞「短歌時評」(2014.9.2.朝刊)
 伊藤一彦さんの時評に『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。

・読売新聞「九州・山口総合面」(2014.8.12.朝刊)
 若者による主な文芸同人誌の1つとして『九大短歌』が紹介(九州大学短歌会の機関誌。製本。今年6月に創刊した。会員の短歌を掲載。)されました。記事はネット世代の文学活動の特集で、福岡ポエイチの紹介もありました。

・読売新聞「短歌時評」(2014.7.26.朝刊)
 桜川冴子さんの時評に『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。

・角川『短歌』「歌壇時評」(2014.7月号)
 黒瀬珂瀾さんの時評に『九大短歌』創刊号を取り上げていただきました。
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大学短歌バトル2015【予選】
 去る3月1日、「大学短歌バトル2015」が開催された。当会としては非常に残念だが、現役の大学生でかつ、当日会場へ行ける人の目処がたたなかったため参加を見送ったのだった。
 それでせっかくなので、いくつか歌をみていきたい。本来なら動画も見ることができればいいのだが、その環境にないので、三上春海さんによるまとめを参照する。

【予選】

・言葉にはさせないつもり 秋風にさからって手をつないで歩く
     永井亘(早稲田短歌会)

 言葉にするとだめになってしまうことがある。言葉にしたとたんすでに多くのことが失われてしまう、そのことに堪えられるだけの関係性になければ、それがすれちがいのもととなってしまう。多くのこと、それはたとえば温度や緊張感、イメージ、時間をかけてはぐくむことでいっそう豊かになるであろうもの。
 けれどもどうにかして言葉にしたい、言葉にして伝えたい、届けたい、という気持ちが一方にはある。だからその隙を与えない、「秋風にさからって手をつないで歩く」という動きが、特別なものではないが力強い。
 さかさって手を/つないで歩く、と切れることで、結句へ勢いがつく。けれどもそれが強引ではないのは、「秋風に」さからって、とした巧妙にあるだろう。ほんとうは、言葉にしようとしているあなたをさえぎって、その衝動にさからっているのだから。

・どこからがよわさでどこからがやまい YAHOO! JAPANの画面あかるく
     橋爪志保(京大短歌)

 なんでも病名がつく、というとなんだか嫌な言い方だが、かつて「よわさ」だと言われ、すなわち強くなれと言われてきたことが、いまではひとつの「やまい」と認められるようになった、ということがあると思う。それでもなお、「よわさ」と「やまい」の線引きはぼんやりしている。人によっても反応がちがう。そのふたつのちがいがもうよくわからない、ぼんやりしていて苦しい、という気持ちを上の句から感じた。
 それはべつに、インターネットでいろんな情報に触れながら、というふうに下の句をからませる必要はさしてないだろう。そのときにたんに目にはいったものが、「YAHOO! JAPANの画面」だったのだ。そのあかるさが、いまは痛々しい。

・いぬよ あのロールケーキのふんわりに牙をさしこみたいよね わかる
     今井心(北海道大学短歌会)

 今井さんの歌にこれまで触れてこなかったのだろうな、といくつか歌を見ておもった。つまり一読してびっくりした。犬に呼びかける歌に、こんなにかわいいものを見たことがない。
 ふんわりしたロールケーキに、ではなくて「ロールケーキのふんわりに」としたところ、「ふんわり」と「牙」の対置、<いぬよ~わかる>という構造、といった技巧的なところもさることながら、共通認識の「あの」、あるいは「よね」、「わかる」、そして「犬」ではなく「いぬ」という表記、それらからくる犬との距離感に心を打たれる。
 そしてその近さは、たんに仲良しで親近感をもっている、というのではない緊張感をはらんでいる。快楽や暴力に意識がむく。それらをまるで、ふだんは見ないことにしているかのように、かわいさがおおっている。

(山下翔)
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第19回(2014年度)
1月11日(日) 18:00~20:30
詠草22首、参加者3名

題詠「ぬ」1首+自由詠1首
司会:山下

完了や打消の「ぬ」のほか、「ぬかるむ」「ぬめり」「ぬるい」「ぬばたま」「死ぬ」などがでてきました。
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